スクランブルエッグ

私による私の為の生存記録

雀豪昇格記念

こんにちは。
この度、無事雀豪に昇格しましたレナちゃんです!!!!!(テンションMAX めっちゃメラメラだよ!)

そういう訳で、今日は珍しく趣味の「麻雀」の話をしようと思います。

抑々、私が麻雀を趣味だと言い始めるまで(また)紆余曲折があった。
子供の頃に親戚に麻雀を教えてもらって、好きになって11歳の頃本を読んで役を覚えたり、麻雀漫画「咲-saki-」にハマるなどの経緯を経て今に至る。
私は元々、熱しやすく急冷されるタイプなので数ヵ月ハマって辞めてというのを2,3回やっていたことを含めても、雀歴は累計で1年半有るか無いかくらい。
離れた原因としては、単純に逆連対が続いたから。「勝てない!もうヤダ!」って具合。

さて。このような事を繰り返しても、懲りずに麻雀に帰ってくるのはどうしてなんだ考えたときに「蓮根レナは麻雀が好き」以外の結論に辿り着かなかった。
(因みに私が麻雀で一番好きなのは、麻雀牌が全自動卓で掻き混ぜられる音です)
切っ掛けは去年の晩秋に点数計算を覚えたい!と思い、雀荘デビューしたのが始まりだった。

雀荘に行くと当然生身の人間と面と向かって麻雀を打つことになる。もう少しまともに麻雀が打てるようになる意味も兼ねて、麻雀教室に通い、私は初めて「麻雀観」に触れることになった。丁度その時Mリーグに出会いプロの考え方を知ったことも大きい。 
プロは非常に深く、哲学的または騎士的に『麻雀』を考えており、ここで初めてプロ雀士に尊敬のまなざしを持った。
麻雀は特殊なゲームであり、強い=勝ちではない。確率や運が関与するゲームなのでどんなに強い人でも全勝は有り得ない。それでも皆が夢中になるのは麻雀が好きだからに他ならない。
他人を見て自分を鑑みて、私は人生で初めて「好き」を知覚した。それまで何をしてても、何処か漠然と自身の好みを捉えていたので、腑に落ちた時酷く感動した。
そして新世界に辿り着き、私の思想が良い意味で変わった。

これだけでも僥倖ではあるが、次にどうして麻雀が好きなのかということを考えたときに麻雀は唯一『私が自由に生きることを許してくれる』ものだと気が付いた。
セオリーを無視した戦術、ワザと負けること、一方的・圧倒的に勝つこと、ゲームを搔きまわすこと、そして(のちの利益を考えて)敵を助けること。
そのすべてが許される。しかも、それが相手には気付かれない(相手からは自分の手牌が見えないため)から、””怒られない””。

子供の頃から、自由にやると叱られてばかりだった私にとって、これは画期的な現象だった。
とはいえ麻雀は親戚から習ったので、実は打ち方にケチを付けられていた。
「こういう和了は良くない」「こういう風に打つべき」
という注意を受けていて、それが今のスタイルに影響していたりする。(尤もこれがあったので、今のスタイル(超気に入っている)があるので珍しく恨みはない)
そういう訳で、勿論麻雀にも普段通り、結局素の私は許されない価値観があったのですが、前述の通り、リアル麻雀で余りにも多くの価値観と、そしてそれが許される世界を知り、私の変な打ち方(地味に自分でもそう思っていた。変だけどコレがいいなってプレイしてた)を
「普通の人が視られない可能性を直感で察知して、感覚的にやってる。鍛えたらすごく強くなりそう」
とプロの方に言われて凄く驚いたし、本当にそうだったことを後に知った。有識者って凄い。井の中のレナ大海を知らず。

あと麻雀って、4人でやるのに会話をしなくていい。自分の事を知られるのが、相当嫌な私にとって何も話さなくても友達が出来て評価されるのが、とても居心地が良い。
(勿論、麻雀仲間は良い人たちなので普通にお話することもあるよ)
私にとって麻雀は趣味だし、心の安寧である。疲れている時にやると、打牌精度や読みが荒くなり負けるが長時間打つのも凄く楽しい!
私は、私が『私』をやれる四角い宇宙に、出会えてよかったと心底思う。

 

麻雀打てるフォロワーさん、いらっしゃったら是非とも雀荘オフ会をしてください。(手加減というか敵のアシストは得意です)
本当はデータ面から見た自分の麻雀や、強くなるための目標や戦術、ビタ止めから他家操作ダブル役満テンパイといった自慢話を書きたかった(書いてんじゃん)のですが、気が付いたら真に迫る記事を書いていました。
いずれキャスをするなら、麻雀動画かなと思っているので期待せずにお待ちください。